三宅島の郷土芸能と子供たちに伝承する活動について
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三宅村立三宅小学校3年生
綜合的な学習の時間
1 坪田地区の郷土芸能について
(1)実施日
令和6年11月6日(水曜日)
(2)内容
①「走り船」「島節」「祝儀」
昭和51年7月1日東京都無形民俗文化財(民俗芸能)「三宅島の歌と踊」追加指定
②「観音丸木遣節」「観音丸上下節」
昭和53年3月16日東京都無形民俗文化財(民俗芸能)「三宅島の歌と踊」追加指定
③「三宅村坪田のヨミンチャラ」
昭和53年3月16日東京都無形民俗文化財(風俗慣習)指定
・1783年(天明3年)から1908年(明治41年)までの125年間、坪田村の船、観音丸が江戸にむけて出帆する際に別れの悲しみを歌った「走り船」、30日以上かけて江戸までを往復し、無事に帰港した観音丸をロクロ8台を使い村人総出で陸地に上げる作業の際に息を揃えるために歌われた「観音丸木遣節」、祝いの宴席で歌い踊られた「観音上下節」「島節」は、初めて耳にする子供たちも多く、歌詞の意味や気持ちを想像しながら保存会の歌を聞いている様子が見られました。
・新築の祝いで行われている「ヨミンチャラ」は、体育館に移動して家の模型を建て体験しました。4グループに分かれて練習したのち、実際に「ここは~どこ蔵~」「ここは~金蔵~」と四つ角の名前を間違えることなく、大きな声で回ることができました。
「三宅村坪田のヨミンチャラ」は現在でも新築のお祝いや島内のイベントで披露されています。
2 伊豆地区の郷土芸能について
(1)実施日
令和6年11月22日(金曜日)
(2)内容
「くどき」「どうつき」「島節」など
昭和45年8月3日東京都無形民俗文化財(民俗芸能)「三宅島の歌と踊」追加指定
・小金井小次郎が地域の人に伝えた建築の基礎を固めるための胴付木遣。かつては建築の現場を通れば必ず見られた光景で、建築の無事と家の弥栄を祈る祝儀歌であるとともに労働歌でもありました。現在は機械で行う作業のため見ることはできませんが、郷土芸能として受け継がれています。「島節」は各地区で歌われていますが、歌詞が140種類も残されていると聞いた子供たちは驚いた様子でした。
江戸時代から伝わる歌や踊りには楽譜が無く、耳で聞きながら覚える口伝による伝承なので難しいとされています。小学校3年生には聞きなれない言葉も多くありますが、歌詞の意味を知ることで当時の三宅島の暮らしも想像することができます。保存会の方々からは「島で歌い継がれてきた芸能を子供たちに御紹介できて光栄です。機会をいただけましたら、また是非お伺いしたいと思います」というお声が聞かれました。
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