所在地:元町7
鎮西八郎源為朝が保元の乱で捕えられた後、大島へ流され住んでいた館の跡と伝えられている。後に代官屋敷となったところとも言われ、為朝のために許されたという格式ある朱塗の門があることから通称、赤門と呼ばれている。屋敷内には戦いに備えたという物見台、抜け穴などがあり、奥まった木立の中には為朝神社がある。 為朝が上陸したとされる岡田には八幡神社、そのほかの地域には刀を研いだ所とされる湧水のある場所や、岩盤上に残る為朝の馬の足跡がある。